張り込み

2000/11/07 映画美学校試写室
女性の部屋に突然上がり込んだ刑事の不審な行動。
篠原哲雄監督のサイコサスペンス。by K. Hattori


 『月とキャベツ』『洗濯機は俺にまかせろ』『はつ恋』の篠原哲雄監督が、ビデオ映画の連作シリーズ「ラブシネマ」の1本として作った最新作。大型の団地に暮らす主婦・一宮スミレのもとに、ある日の午後ひとりの男が訪ねてくる。刑事と名乗ったその男は、団地の向かいの棟に出入りする重要事件の容疑者を張り込むためと称してスミレの部屋に上がり込んでしまう。吉岡というその男は、ニヤニヤ笑いながら部屋の中を我が物顔に使い始め、スミレの神経を逆撫でする。張り込み中と言いながら、向かいの部屋を監視する時間よりスミレとおしゃべりしている時間の方が長いほどだ。この男の行動はどこかおかしい。やがて吉岡は奇妙なことを口走り始める。自殺の名所と言われているこの団地で、ちょうど1年ほど前に起きた若いセールスマンの死についてだ。この話に、スミレは思わずギクリとする。

 ほとんどはモノクロ。回想シーンだけがカラーになる。物語はスミレの部屋の中が中心で、登場人物もスミレと吉岡のふたりきりという場面が多い。他に登場するのは、スミレと関係のあった英会話教材のセールスマン荒川、1シーンだけ出演する人々が数名。きわめて低予算・短期間で作られた作品で、たぶん普通のテレビドラマなどより数段厳しい条件で撮影されているはず。それでもプロが作ればこの程度のものは作れるという腕自慢大会みたいなところがあって、ラブシネマからは目が離せない。スミレと吉岡が演じる密室での心理劇に、スミレと荒川の不倫ゲームが時折挿入される手際も悪くない。ここだけがカラーになることで、この思い出話が逆にひどく安っぽく、現実味のないことのように見えてくる。また別の場面では、テレビのワイドショーが写し出す事件現場の映像のような生々しさを持っている。モノクロで撮影されている“現在”に比べ、“過去”の映像は極端な幻想と極端なリアリズムの間を揺れ動く。

 ストーカーめいた自称刑事を部屋に上げてしまった人妻が恐怖の体験をするというサイコスリラーかと思ったら、途中から人妻の秘密の過去が暴かれてきて、被害者と加害者の立場がぐらついてくる。吉岡と名乗ることの男は一体何者で、何が目的でスミレに近づいたのか。それが少しずつ明らかになるようで、最後まで結局明らかにならないところがミソかもしれない。全部わかってしまうと、こういうものは面白みがなくなるのです。吉岡の背後には別の人がいたのかもしれない。吉岡がスミレに語った動機はすべて嘘で、実際は何か別の目的があったのかもしれない。でもそれは永久に明らかにされない。

 登場した途端、吉岡が「怪しい男」に見えてしまうのは問題ではないだろうか。最初はきちんとした刑事に見える男が少しずつ常軌を逸脱し、さらにそこから別の目的が見えて来るという、二重底の人物像にしておいた方が面白い。そもそも最初に吉岡を何の疑いもなく部屋に入れて追い出せなくなってしまうという筋立てには、この吉岡のキャラクターでは問題ありすぎだと思う。


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