パパってなに?

2000/08/10 松竹試写室
スターリン時代のソ連で若い未亡人と息子がひとりの兵士に出会う。
国際的にも高い評価を受けたロシア映画。by K. Hattori


 妻が身ごもっているなか、戦争で死んでしまった夫。生まれた息子は、父親の顔も名前も知らない。1952年のロシア。6歳になった少年サーニャとまだ若く美しい母親カーチャは、列車の中でトーリャという軍人に出会う。カーチャとトーリャは恋に落ち、下車した町で3人の新しい生活が始まる。母親は息子に「トーリャをパパと呼びなさい」と言うのだが、時々じつの父親の幻影を見るサーニャはどうしても彼を「パパ」と呼べない。やがてカーチャは、トーリャのとんでもない素性を知ってしまう。それでも彼女は、トーリャから離れられない。

 '98年にアカデミーとゴールデングローブの外国語映画賞にノミネートされたロシア映画。監督・脚本のパーヴェル・チュフライは1946年生まれ。映画に登場するサーニャは'52年に6歳だから、逆算すると監督と同じ年齢だということがわかる。チュフライ監督の父親は映画監督のグリゴリー・チュフライだから、母子家庭で育つ主人公サーニャは監督の分身というわけではない。しかし質素なアパート暮らしや、サーカス、コンサートといったレクリエーション、列車での旅などの描写は、そのまま監督本人の実体験に根ざしたものなのだろう。どの場面もディテールまでしっかり描き込まれていて、部屋や家具のかび臭さまで伝わってきそうにリアルだ。

 上映時間は1時間37分。エピソードには無駄がなく、ぎゅっと引き締まった構成です。子供の視点から大人の世界を描く映画なので、子供同士の世界をもう少し掘り下げるとまた別の楽しさや面白さが出ると思いますが、この映画はそうしたエピソードも最小限に抑えて、主役3人の人間関係を深く深く掘り下げていく。少年サーニャが目撃する父親の姿が少し中途半端になっており、それがちょっと気になるぐらいです。この実父の幻がもっと重要な役回りになると、映画の終盤でそれが消えてしまうくだりも切なさが倍増したと思う。

 若い母親カーチャは、ごく早い段階でトーリャの不実な態度を見抜いていたのだと思う。だからこそ彼女は性急に、3人が本当の家族になることを望む。サーニャにトーリャを「パパ」と呼ばせることで、トーリャに家族としての自覚を植え付けようとする。彼の見え透いた嘘をそのまま受け入れ、「今度だけ」「今度こそ」という言葉に幾度もだまされながら、彼と一緒に旅を続ける。そもそもトーリャは最初から、カーチャとサーニャを置き去りにするつもりだったではないか。トーリャにとって母子は、自分の身分を偽るための便利な道具だったのだ。でもカーチャはトーリャと一緒にいるときだけ、彼の嘘を信じようとするのだ。

 父親なしに生まれたサーニャと、生まれることのなかった赤ん坊の残酷な対比。サーニャがトーリャを初めて「パパ!」と呼んだ日に、母カーチャの心はトーリャから離れてしまったのだと思う。消えてしまった男に、必死で父親の面影を追い求めようとした少年が、最後の最後に思い知らされる真実。この結末はあまりにも悲惨だ。

(原題:BOP)


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