EUREKA
(ユリイカ)

2000/08/07 映画美学校試写室
カンヌで国際批評家連盟賞を受賞した青山真治監督作品。
バスジャック事件で生き延びた人たちの心の旅。by K. Hattori


 今年のカンヌ映画祭で国際批評家連盟賞とエキュメニック賞(全キリスト教会賞)を受賞した、青山真治監督の新作。物語の舞台は北九州。デビュー作『Helpless』の登場人物が脇役で登場して同じ世界を共有しているのだが、別に『Helpless』を観ていなくても話はわかる。僕も『Helpless』の内容なんてすっかり忘れてるけど、話は全部理解できました。映画の最初にバスジャック事件が描かれていますが、登場するバスがその後起きた実際のバスジャック事件と同じ西鉄バスだったことも含め、現代のさまざまな事件を予言するような作品です。画面はモノクロ(一部カラー)ですが、モノクロ撮影したネガをカラーフィルムにプリントする「クロマティックB&W」という手法で、画面にはうっすらと色が乗っています。完全な黒と白ではなく、少しセピア調なのです。

 九州の田舎道を走る路線バスが、白昼ピストルで武装した乗客の一人に乗っ取られる事件が起きる。犯人は乗客を次々に射殺。犯人の死によって事件が解決したとき、生き残ったのは運転手と最後尾の座席にいた中学生の兄妹だけだった。むき出しの暴力と切実な死の予感は、生き残った者たちの心を深く傷つける。生き延びた運転手は妻や家族を家に残したまま姿を消し、兄妹は一言も口をきかなくなって家に引きこもるようになる。運転手の妻は去り、兄妹の家族も崩壊する。それから2年。各地を放浪していた運転手がフラリと家に戻ってくる……。

 3時間37分もある映画です。カンヌでも仙頭プロデューサーは「短縮版は作らないのか?」という質問を何度も受けたそうですが、そう質問されるのも当然だと思う。このぐらいの長さがあると、2時間程度に短縮した「国際版」も用意しておくのが世界の常識だからです。しかし仙頭プロデューサーは、この映画を短縮するつもりはないと明言しています。僕もこの映画は短縮しない方がいいと思う。短縮してもこの映画の「ストーリー」や「テーマ」は損なわれないかもしれませんが、この映画の持つゆったりとした「雰囲気」は失われてしまう。

 忌まわしい記憶の残る故郷に戻ってきた元運転手・沢井は、同じ事件に遭遇して深く傷ついている兄妹に再会しても、特に事件に触れようとはしません。彼は積極的には何もしない。彼と兄妹の間には何も起こらない。しかしこの何も起こらない時間が、沢井と兄妹を少しずつ癒していく。この「何も起こらない時間」を淡々と描写するには、やはりこれだけの時間が必要なのかもしれない。事件や出来事中心に映画を作れば、何も起きない時間は無駄なものとしてカットすることができる。でもこの映画で中心になっているのは、普通の映画ならカットしてしまうような何もない毎日なのです。これを映画の中に残そうと思えば、全体はどうしても長くなる。

 3時間37分が長いのは確かで、僕は映画の直前にトイレに行っておいたものの、最後の方はちょっと気になってきてしまった。この映画を途中で退出する危険があるとすれば、それはトイレ関係だと思う。


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