ペパーミント・キャンディー

2000/07/19 シネカノン試写室
人生に失敗し自暴自棄になった男が帰りたいと願う過去とは?
韓国現代史を背景にしたラブストーリー。by K. Hattori


 '79年から'99年までの韓国現代史を背景に、ひとりの男の数奇な運命を描いたドラマ。休日昼下がりの河川敷。20年ぶりに小さな工場労働組合のピクニックが催され、懐かしい顔ぶれが勢揃いして旧交を温めあう。かつては貧しい工場労働者だった参加者たちも、今は40歳前後という脂の乗りきった年齢。それぞれに家族を持ち、社会的な地位も得ている。そんな中に、ヨレヨレのスーツでふらりとやってくるのが主人公のヨンホ。最初から酔ったようにフラフラ状態だった彼は、少量の酒で大暴れ。さらには鉄道の高架橋によじ登って、迫りくる列車に向かって泣きながら「あの日に帰りたい!」と叫ぶ。いったいヨンホに何があったのか?

 映画はここから、主人公ヨンホの人生で岐路となった事件の数々を、いくつかのエピソードにわけて紹介していく。中心になるのは、主人公ヨンホと初恋の女性スニムの関係。ヨンホが生涯でもっとも愛したスニムは、なぜ彼のもとから去ってしまったのか。映画はこの謎を求めて、ヨンホの過去へ過去へと時代をさかのぼる。映画は全部で幾つかのエピソードからできているが、それらのエピソードを列車のレールの映像でつないでいるところが象徴的。列車は決められたレールの上を走っていく。列車には自分で道を選ぶことはできない。主人公ヨンホの人生を過去へとたどっていく旅も、やはり決められたレールをひたすら後戻りしていくことしかできない。「もしあの時ああしていれば」「この時こんな選択があったのではないか」という“もしも”は、この映画の中にはまったく描かれない。すべては決定済みなのだ。

 監督・脚本はこれが2作目のイ・チャンドン。主人公ヨンホを演じているのは『ディナーの後に』『虹鱒』のソル・ジョング。スニム役のムン・ソリはこの作品が映画デビュー作。ヨンホの妻ホンジャを演じているキム・ヨジンも『ディナーの後に』の出演者だという。登場している訳者たちはそれぞれが20年分の人生を演じなければならないわけで、これは非常に難しいものだったと思う。特にソル・ジョングとキム・ヨジンは、汚れを知らない純真な若者から、世の汚れに身を浸した中年までをほぼフル出場で演じている。うまい!

 韓国では『シュリ』に次ぐヒット作となった作品らしい。ラブストーリーとしても、ひとりの男の人生のドラマとしてもよくできているのだが、この映画が韓国でヒットした理由は、映画の背景にその時々の韓国の国内事情が克明に描かれているからだと思う。韓国はこの20年で、戒厳令のひかれた軍政国家から文民統治の民主主義国家へと大きく生まれ変わった。主人公の仕事は20年の間に、工場労働者、軍人、警察官、実業家へと変わっていく。映画のクライマックスには、1980年5月に起きた光州事件が置かれている。この映画の主人公と同時代を生きた韓国の人々なら、主人公の人生のどこかに自分自身の人生を重ね合わせることができるのだ。観客たちも「あの日に帰りたい!」と思ったのだろうか?

(英題:Peppermint Candy)


ホームページ
ホームページへ