仮面学園

2000/07/11 東映第1試写室
藤原竜也と黒須摩耶主演の学園ミステリー。
インターネット時代の寓話。by K. Hattori


 高校生たちの間で突然流行しはじめた仮面。それは普段いじめられていた弱者が、自分を守るため身につけた自己防衛のための道具。傷つき泣き出しそうな素顔を隠し、いつもポーカーフェイスで相手に立ち向かえる強さをくれるものだった。だが仮面が持つ「匿名性」が、高校生たちを少しずつ狂わせていく。それまでの弱者は匿名性を武器にして昨日までの強者に凶暴な牙をむき、匿名性を隠れ蓑にして乱暴狼藉の限りをつくす。匿名でこそ得られる完全な自由。仮面ブームは日本中を覆い、仮面を付けた少年たち(?)による犯罪も多発する。はたしてこれは単なる一過性の流行なのか。それとも誰かが裏で仕掛けた陰謀なのか。仮面ブームを作ったと言われる人気ファッションモデルHIROKOと、その影のように寄り添うTOSHI。やがて仮面を巡るいくつかの殺人事件が起きる。高校生のヒロイン川村有季はボーイフレンドの芦原貢や雑誌記者の矢場守と共に、事件の真相を追求しはじめる。その秘密を握ると思われるのは、偶然知り合った仮面職人の少年・堂島暁だ。彼は仮面の人気モデルTOSHIにうり二つだった。

 人間の性格や人格を表すパーソナリティーという言葉は、ギリシャ語のペルソナが語源だ。ペルソナとは劇で使う仮面のことである。(キリスト教では神の三位一体を構成する「位格」をペルソナと呼ぶ。辞書にはその意味で乗っているものも多い。)仮面は素顔の上に付ける「仮の面」だが、仮面の下の素顔もまた「ペルソナ=仮面」なのだ。仮面には古代から呪術的な意味がある。仮面は弱い自分を覆い隠し、人は仮面から強い自分に生まれ変わるパワーを得る。仮面には聖霊が宿り、仮面には人間を人間以上のものにするパワーが秘められている。

 だがこの映画で描かれているのは、そうした仮面の呪術的なパワーではなく、仮面が持つ匿名性と、誰もが持つ変身願望を仮面によって叶えようとする欲望だ。この映画では人間が本当に仮面をかぶって画面に登場するので、季節柄「暑くないのかな」とか「汗を拭くとき不便だな」「息苦しくなりそう」などと考えてしまうが、ここで描かれている匿名性の利点と弊害は、パソコン通信やインターネットの中で現実に存在する匿名利用者のあり方とうり二つだ。ネットワークの中では、匿名である強みを利用して、誰でも自由な発言をすることができる。そこでは性別や年齢や学歴や職業などの肩書きを離れて、純粋に「言論」や「思想」によって他者と対峙できる自由さがある。一方匿名で書き込める掲示板がしばしば利用者によって荒らされてしまうことがあるし、インターネットを利用した違法な薬物売買やレイプ事件など、匿名性が犯罪行為に結びつく事件も多い。

 映画は最終的に「匿名の仮面」を否定的に描いているが、匿名のメリットもあるんだから、そこをもう少し踏み込んで描くと物語に深みが出たかもしれない。パソコン通信やインターネットを長年利用している者としては、匿名も悪くないよと言いたい気分です。


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