世界に轟いた銃声

2000/04/10 サンプルビデオ
'92年にアメリカで起きた日本人留学生射殺事件の真相。
刑事裁判が民事で逆転するミステリー。by K. Hattori


 1992年10月。アメリカに留学していた16歳の日本人少年がハロウィンのパーティーに出かける途中、強盗と間違えられて射殺されるという事件が起きた。ルイジアナ州バトンルージュ郊外の閑静な住宅地で、服部剛丈君はロドニー・ピアーズ容疑者の撃った44マグナムに胸を撃ち抜かれて死亡したのだ。この事件は日本でも大々的に報道され、その後の刑事裁判でピアーズ容疑者が無罪になったことも日本に衝撃を与えた。「プリーズ(どうぞ)」と「フリーズ(動くな)」を聞き間違えたのではないかとか、容疑者宅の家とパーティー会場がよく似た番地だったこと、容疑者に人種差別的な偏見があったのではないかなど、この事件について聞きかじっている人は多いと思う。

 この映画は日本人がよく知っているこの事件を、アメリカ在住の中国人女性監督クリスティン・チョイが映画化したもの。(共同監督はスピロ・C・ラムプロス。)ニュース映像や裁判記録、ホームビデオなどの素材と、服部家の弁護士のインタビューなどを交えながら、事件の真相を探っていく。日本の報道では「銃社会の恐怖」とか「病んだアメリカ」という紋切り型の論調が目立ったが、この映画ではそうしたテーマを大上段に振りかざすことなく、裁判で何が争点になったのか、アメリカ国民や地元での反応、一度は無罪になったピアーズが民事で過失を認められたのはなぜかなど、日本ではあまり報道されなかった細部を執拗に描いている。正攻法で事実を淡々と描き出そうとしている映画で、それだけに、あぶり出されてくる真実には生々しさがある。監督としてはこの事件の背後に人種差別の匂いを感じたようだが、完成した映画ではその点が依然曖昧なままになっている。ここでも「人種差別があったのだ」という結論を押しつけないのが、この映画の誠実さの現れだろう。

 刑事裁判では事件の半年後にロドニー・ピアーズに対する無罪判決が出され、日本の報道もその時点で潮が引くように激減してしまったように記憶する。しかし本当のドラマはここから始まったのだ。映画は1時間強の上映時間だが、事件のあらましと刑事事件での無罪判決までを20分で描き、残りの半分以上を使って民事訴訟で明らかになった証言の矛盾や新事実を描いている。ロドニー・ピアーズが家に何丁もの銃を持つガンマニアだったこと。彼が事件発生時に酒を飲んでいたこと。妻が「ドアを閉めて」と叫ぶ声を聞きながら、あえてドアの外に飛び出して銃を発砲したこと。彼が銃を使って、近所の野良犬を何匹も射殺していたこと。彼の証言はビデオに撮られているのだが、その間ずっと身体を小刻みに揺すり、自分に不利な証言に差し掛かるとその揺れがひときわ大きくなる。「人間には誰にも間違いがある。それを責めるつもりはない」と、服部君がピアーズ宅に来たのがそもそも悪かったと言い切る様子は腹立たしい。アメリカの銃社会を批判した映画ですが、これは生々しい人間ドラマとしても見応えのある作品です。

(原題:The shot heard around the world)


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