2000/03/31 松竹試写室
阪本順治監督が藤山直美主演で描く異色の犯罪ドラマ。
出演者の顔ぶれもにぎやか。面白い。by K. Hattori


 『どついたるねん』『ビリケン』など関西テイストあふれる快作を撮っている阪本順治監督が、松竹新喜劇の看板スター藤山直美主演で放つ異色の犯罪ドラマ。ユーモラスでエネルギッシュな持ち味が売りの阪本順治監督の映画と、人情喜劇の藤山直美の組み合わせはベスト・マッチングのようだが、今回はあえてふたりが得意とするコメディ調を避け、日陰者人生を歩むヒロインを暗くジメジメと描くことにチャレンジした。主人公の吉村正子は、クリーニング屋を営む母親を手伝いながら家から一歩も出ない生活をしている。友人もなく、ましてや恋人など一度も作ったことがないまま、40過ぎのブクブク太ったおばさんになってしまった正子。ホステスをしている妹はそんな姉に会うたび、蔑むような視線と厳しい言葉を投げつける。突然母親が急死した通夜の晩、妹は再び姉に強い言葉を突きつけ、カッとなった正子は妹を絞殺。ここから数ヶ月に渡る正子の逃亡人生が始まる。

 自分を守ってくれていた母親が死んだ後、たった一人残った肉親である妹を自ら手に掛けて殺してしまった女。彼女は中年になって初めて、誰も保護してくれる者のいない世間に飛び出して行く。暗い話ですが、ただ暗い話ではない。部屋に閉じこもったままの正子は、いわば巨体を持て余した子供です。それが世間に飛び出すことで、彼女は大人の女へと急速に変身して行く。恋をし、男に誘惑される危険にも出会い、他人のもとで働いてメシを食うことを覚え、自転車にも乗れるようになり、自分を大切にしてくれる人とも出会う。小さな自分の世界に引きこもっていた正子は、少しずつ自分を取り囲む社会との接点を作り、よちよち歩きの赤ん坊のように手探りで世界を広げていくのです。そうした成長が「逃走」というネガティブな行為の中から生まれるという逆説が面白い。彼女は世間と戦うのではなく、世間から逃げて逃げて逃げまくる中で成長して行く。それが痛快です。

 藤山直美という大スターが主演していることもあり、出演者の顔ぶれは豪華。『傷だらけの天使』の豊川悦史、『王手』『ビリケン』などの國村隼、『愚か者−傷だらけの天使』の大楠道代、『ビリケン』の岸辺一徳、『トカレフ』の佐藤浩市など、阪本順治にゆかりの深い俳優たちに加え、母親役で渡辺美佐子、正子の妹役で牧瀬里穂、正子が喫茶店で出会う不思議な女役で内田春菊などが出演。中でも異色なのは、ついこの間まで大河ドラマの主役をしていた中村勘九郎が、主人公を女にする酔っぱらいの労務者役を怪演していることでしょう。

 厳しい現実に立ち向かって自滅するより、逃げて逃げて生き延びろというのが、この映画のメッセージです。豊川悦史扮する若い元ヤクザが、厄介な事柄から逃げ切れなかった人間として、主人公と対比されています。目の前の困難に孤独な戦いを挑んだ彼は、普通の映画ならもっとヒロイックに描かれたっていい。でもこの映画の中では、むしろ現実からどこまでも逃避していくヒロインの方が、爽やかな印象を残すのです。


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