カメレオン

2000/03/17 東宝東和一番町試写室
前線から逃げ出したウェールズ人兵士をかくまう人々。
全編ウェールズ語のイギリス映画。by K. Hattori


 第二次大戦中のウェールズ。戦闘のショックで神経を病んだデルミー・デイヴィスは軍隊から脱走し、実家のある長屋の屋根裏に逃げ込んだ。彼を追う憲兵たちが家捜しをするが、デルミーは屋根裏伝いによその家に逃げて捕まらない。長屋の人たちは間もなくデルミーの存在に気づくが、誰もあえてそれを憲兵隊に通報しようとはしない。それどころか、彼のために食事を世話したり、彼の神経を癒すために様々な手助けをしたりする。脱走兵のデルミーは長屋の住人たちにとって共通の秘密になるが、誰もそのことをあえて口には出さない。タブーを共有することで、住人たちの間に連帯感が生まれ始める。

 映画の中で話されている言葉は全部ウェールズ語。画面の右側に日本語字幕が出るが、画面の下には英語の字幕もスーパーインポーズされている。こうして「ウェールズ人」の実例を見せられてしまうと、イギリスが連合王国という多民族国家であることを痛感させられる。イギリスでは、イングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランドなどがそれぞれに「国民意識」を持っているので、今でもしばしば独立問題が起きる。この映画の中で長屋の住人たちがデルミーを助けるのは、彼が「イギリス軍から逃げているウェールズ人」である点が、住人たちのナショナリズムを刺激している面もあるのではないだろうか。戦争という挙国一致体制の中でも、ふとしたきっかけで民族意識が刺激されるのです。

 映画の中では主人公デルミーがなぜ軍隊を抜け出したのかという理由が、はっきりとは描かれていません。彼がしばしば戦場の悪夢を見て夜中に飛び起きたり、戦争での体験を語ろうとすると身体がガクガク震えてきたりすることから、彼が相当大きなショックを受けているということがわかるだけです。さらに映画の中には、なぜ彼が軍隊に入ったのかという理由も、間接的にしか描かれていない。同じ長屋に別れた恋人が夫と住んでいるので、彼は居たたまれなかったのかもしれない。映画の中で重要なのは、「なぜ彼が帰ってきたか?」ではなく、「帰ってきた彼をどうするか?」なのです。長屋の住人たちは理由の如何を問わず、彼を自分たちの中に受け入れる。ここで脱走の理由を説明してしまうと、脱走の是非そのものが別のテーマになってしまうので、それを避けようという配慮でしょう。これは賢明な選択だと思う。この映画は「脱走兵と彼を受け入れる共同体」の物語であって、戦場からの逃走そのものがテーマではないのです。ただしこの映画は脱走の理由を少しずつデルミーに語らせたり、回想シーンを入れて説明しようと試みている。どうせならこんな場面も一切入れず、彼に沈黙を貫き通させた方が良かったかもしれない。言葉による説明も回想シーンも、少し中途半端すぎます。

 デルミーは長屋の住人たちに守られているわけですが、屋根裏から階下の住人たちの生活を観察するデルミーによって、住人たちは常に上からの視線を感じている。ここでは見守る関係が逆転する面白さがあります。

(原題:Cameleon)


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