夜の蝶

2000/02/24 TCC試写室
銀座の歓楽街を舞台にした風俗映画。これは面白い。
昭和32年製作。監督は吉村公三郎。by K. Hattori


 間もなく公開される新作映画『破線のマリス』で、特別出演した鳩山邦夫が「私は蝶の収集が趣味でね。夜の蝶じゃありませんよ。昼間の蝶です」と言ってました。「夜の蝶」というのはバーやキャバレーなどの水商売で働く女性たちを指す言葉で、その語源は昭和32年のこの映画にあるのです。舞台は多くのバーがひしめく東京銀座。今回この映画を観たTCCの試写室というのは土橋にあるので、そこから目と鼻の先が銀座のバーが密集している地帯。『夜の蝶』は試写室界隈の40年前を描いた映画なのです。ほとんどがセットで撮影した映画ですが、映画の冒頭に少し登場する実景シーンや当時の銀座界隈の風景を感じさせる台詞の数々に、すっかり引き込まれてしまいました。今回の上映は16ミリでしたが、ニュープリントはピカピカでじつに美しい。監督は吉村公三郎。主演は京マチ子と山本富士子。

 映画は船越英二扮するホステスの周旋屋を狂言回しに、浮き沈みが激しい水商売の世界に切り込んでいく。この周旋屋はもともと音楽家志望の男で、夜の世界にどうしても馴染みきれない部分を持っている。彼は身過ぎ世過ぎのために銀座に滞在しているものの、そこで“生活”しているという実感はないらしい。いわば一時しのぎのアルバイト。目の前に現れては消えてゆく女たちをつぶさに観察しながら、彼自身はそこから一歩引いた目で彼女たちを見ている。その姿はホステスの周旋屋というより、動物学者か民俗学者のように見える。女たちの出入りを細かくメモした彼の手帖は、いわば自らのフィールドワークを記録した観察日誌のようなものだ。

 物語は京都の有名バーが銀座に出店すると聞きつけて、銀座中が浮き足立つ様子から始まる。政財界の得意客は、関西に出かけたときに必ずそのバーに出かけているというから、同じ店が銀座にできればかなりの客がそちらに流れるに違いない。銀座でバーを経営する女たちは、この出店に戦々恐々なのだ。やがて問題のバーがオープンし、当初の不安通り大規模な客の移動が始まる。こうした銀座の夜の世界の勢力争いに、関西のデパートが東京に進出する計画と、デパートの独身社長をめぐる女たちの争いが加わって、女たちの人生は破局へと進んでいく。京都の女がデパート社長の世話を受けながら、真面目な学者に入れ込んで結婚を願っているなど、ストーリーそのものは非常に陳腐。しかし語り口に工夫があって面白いし、昭和30年代初頭の風俗描写が詳細で興味深い。

 この映画の素敵なところは、夜の世界の舞台裏という、本来なら色と欲とでドロドロに濁っているであろう世界を描きながら、その中からきれいな上澄みだけをうまくすくい上げている点にある。お金にまつわる男と女の駆け引きや、ホステスと客との間のセックスなどもきちんと描かれているのだが、それが嫌らしくない。必要最小限の描写でポイントだけをきちんと押さえて、あとは通俗的なメロドラマに流している。40年以上前の映画なのに、まったく古びていない映画だと思う。


ホームページ
ホームページへ