ホームシック

2000/02/02 東宝東和一番町試写室
北海道を舞台にした心のロード・ムービー。上映時間60分。
長い映画が多い中、この上映時間は嬉しい。by K. Hattori


 恋人と喧嘩別れした若い女。車でひとり旅をする老人。いわくありげな黒メガネの中年女。自殺志願の男。それぞれ心に傷を持つ人々が偶然出会い、束の間の交流を持ってまた別れていく。舞台は冬の訪れが間近に迫った北海道。畑や原野の中に真っ直ぐな一本道。死んだ男。謎のテープ。ガス欠の車。廃線になった駅で子守歌を歌う老婆。街道沿いの不気味な食堂。ヒヤヒヤするような残酷な気配を漂わせつつ、この映画はどこか温かい。上映時間60分の水戸ひねき監督作品。僕は好き。

 『ホームシック』というタイトルが、この映画のテーマを端的に表していると思う。この映画は過去への郷愁の物語だ。失われてしまった過去。心の中にしまわれている美しい思い出の数々。その思い出が、どこまで本当の物なのかは本人にもわからない。辛い過去の中にあったほんの一瞬の思い出は、自分の中でそこだけ美化されているのかもしれない。人はそれが虚構であるかもしれないと感じつつ、その思い出を大切にして生きている。例えば畑の真ん中に埋められていた1本のテープは、死んだ老人にとってはかけがえのない美しい思い出かもしれない。でもそれは、他人が聞いてもなんだかわけのわからないヘナチョコな歌でしかない。若い頃教師をしていたという老人の『青い山脈』みたいな思い出話も、彼の中でかなり美化されている。(奥村公延の若い頃が、なんで鶴見辰吾なんだ!)自殺志願男の語る思い出話も、あまりにも出来過ぎている。中年女の事情に至っては、完全に荒唐無稽。そこでは「語り」と「騙り」の間に明確な区別などない。「うそうそ! 全部ウソだよ!」と笑って手を振りながら、その嘘の中になにがしかの真実があることを、皆が悟ってしまう優しさ。過去は心の中で美化される。過去が美化されるからこそ、みんな地味で平凡な今を生きていける。

 過去は過ぎ去り、二度と戻らない。故郷の村を訪れた老人の期待感は、現実の前で脆くも崩れ去る。現実はいつだって人間を裏切ってしまうのだ。これがこの映画の中で、もっとも切実で胸に迫ってくる場面だと思う。故郷の村に、老人は何を求めていたのか。自分を追いやった村人たちとの和解など、最初から求めてはいまい。彼が欲しかったのは、自分の心に残る美しい思い出を保証し、補強してくれる現実の風景だった。彼は思い出の地に立つことで、自分がかつてそこで生き、そこで思い出を育んだという事実を再確認したかったのだろう。だがそこには、彼の美しい過去を証明する物は何も残されていない。彼はたったひとりで、自分の心の中にある思い出を抱えて生きていく。すごく残酷な場面だと思う。

 これは一度人生を捨てた人々が、再び自分の人生に立ち返る物語です。この映画に描かれている4人の旅は、黄泉の国とそのままつながっているような不気味さがある。駅の老婆しかり、死んだ老人しかり、食堂のねこしかり……。しかし映画の最後は、死の世界からの生還劇。この映画の清々しさは、ちょっとクセになる。


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