ブック・オブ・ライフ

2000/01/05 サンプルビデオ
ハル・ハートリーがヨハネの黙示録を映画化したらこうなった!
いかにも人間くさいキリストとサタンの面白さ。by K. Hattori


 ハル・ハートリーの新作は、デジタル・ビデオで撮影されたミレニアム・イブの物語。本来はキネコでフィルムに変換されて劇場上映される“映画”ですが、監督自ら『僕はビデオマスターの状態も編集後のフィルムの仕上がりも、どっちも気にいっている。ただ、ビデオ・モニターの中にはもっと多くのディテールが見えるから、もし選ばなきゃならないんなら、僕はビデオ・モニターで観る事を選ぶよ』と言っている。そんなわけで、この映画に関しては試写室での試写が行われず、サンプルビデオの配布を試写の代わりにしたようです。

 物語の舞台は1999年大晦日のニューヨーク。再臨したイエス・キリストは、ヨハネの黙示録で予告されている最後の審判を行うため、真冬の大都会でサタンと戦うことになる。善人は永遠の命を得て、悪人は地獄に落とされるというこの世の終末。だがイエスは善と悪とが入り交じったこの世界全体を救いたいと願い、7つの封印で綴じられた「命の書」を開くことを躊躇する……。

 この映画はヨハネの黙示録の忠実な映画化であり、同時に巧妙なパロディだ。多くのオカルト映画がヨハネの黙示録を人間の側から描くことが多いのに対し、この映画では最後の審判を行うキリストの側から黙示録を描いている点がユニーク。キリストは2千年前にもそうだったように、預言に縛られて自由に行動することができないでいる。父なる神の決定に従ってこの世を裁くことを求められながら、子なる神であるキリストは人類全体を救済できないものかと思い悩むのだ。悩むキリストの傍らでは、サタンが行動のきっかけをつかめないまま右往左往。同じように黙示録の世界をパロディにした『エンド・オブ・デイズ』のガブリエル・バーンも人間くさいサタンを演じて好評だったが、『ブック・オブ・ライフ』のサタンはそれ以上に人間くさい。

 ハートリー作品の常連マーティン・ドノヴァンが悩めるイエス・キリストを演じているが、注目すべきは『ヘンリー・フール』のトーマス・ジェイ・ライアンが演じるサタンであり、ロック歌手P・J・ハーヴェイが演じるマグダレナ(マグダラのマリア)だろう。黙示録には登場しないマグダレナを、イエスの伴走者として登場させたのは面白いアイデアだと思う。イエスとマグダレナの特別な関係は福音書などにも描かれているのだが、この映画のマグダレナ像はそれよりももっと親密であり、ある意味ではエロチックですらある。

 ニューヨークのホテルでキリストとサタンが戦うという荒唐無稽な物語を、ハートリー流の人間賛歌に着地させたのは見事。最初はアイデアだけの映画でハートリーの匂いが希薄かと思ったのだが、そんなことはまったくなかった。これはどこから観ても、ハートリーの映画です。弱くても不完全でも出来損ないでも、人間が生きるって事はそれだけで素晴らしい。『トラスト・ミー』や『シンプルメン』の頃から、監督のテーマは不変なのだ。

(原題:The Book of Life)


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